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Shinsuke

テングチョウの群集と和尚の頭にとまったトンボ

更新日:2020年8月1日


2018年5月18日。5時26分。 母から一通のメールが届いた。 それは祖父が逝ったことを知らせるものだった。

13年前に脳梗塞で倒れてから、一度も声を発することなく、手を握り返すこともなく病院のベッドに横たわっていた祖父。

炭焼き職人で、民謡の師範代だった祖父は、明るくユーモアのある人で、裏表のない性格だった。 まるで、春さきの陽光のように気持ちのよい人。誰からも愛されていた。

そんな祖父のことが大好きだった。憧れていた。

病に倒れる前、東京の夜。 実家から電話があり、何用だったか母と一頻り話した後、「じいちゃんが最近元気がなくてね…。」「あんたと話したら元気がでるかもしれん。」と言われ、電話口で久しぶりに祖父の声をきいた。 祖父の声は、自分の知っているものとはかけ離れていた。 そもそも、声からしてチャーミングさが滲み出ていた祖父だが、その時は、聞き取るのもやっとの声量で無言の間が多く、「元気ださんとじいちゃん!!」と投げても「はあ、そうですか…」と敬語で返され、誰と話しているのか理解しているかも怪しかった。

たまらず電話をきった。涙が止まらなかった。

その夜から一ヶ月ほど経って、脳梗塞で倒れた知らせがあった。

仕事を早退させてもらって飛び帰った。 飛行機や電車、タクシーのなかで、現実を受け入れられず、色んな感情が渦をまいていた。

夜中の病室には家族が揃い、医師から今夜が山だと告げられた。

その晩は祖母と一緒に病室に泊まった。 一定置きに痰を吸いとる吸引機器の音が唸って、胸を締めつけて一睡もできなかった。

山を乗り越えた祖父は、そこから13年生きた。

どんなに言葉を投げかけても返事のない祖父。祖母は献身的に尽くした。 そんな祖母を家族が支えた。

その愛のかたちは本当に美しかったが、それは外で暮らしている者の視点であって、実際の苦労や覚悟は想像の域をでない。

年に2回程度しか帰省しない後ろめたさは、長くて3日4日の滞在中に努めて良い孫・良い息子・良い兄であろうとさせるが、所詮は3日4日のこと。 そこで、いい時もわるい時も一緒に暮らすみんなの力強さと、だからこその優しさには到底かなわない。ただただ尊敬と感謝しかない。

2018年5月19日。7時30分。 オレ達は通夜と翌日の葬儀のため、出発した。 GWに帰省したばかりで、こんな短いスパンでの里帰りは初めてだった。

5時間の道のりを経て到着すると、出迎えてくれたのは庭先を飛び回る蝶の群れだった。 弟が言うには、テングチョウが異常発生しているらしく、たしかにその数は異常で、集落のいたるところに群集していた。

家の仏間で柩にはいる祖父をみて、おつかれさま。そう呟いた。

通夜・葬儀は町役場の施設で執り行われた。 生まれ育った土地、サポートしてくれるスタッフも昔から知ってる顔見知りのおじちゃん、おばちゃん達。温かいものだった。嬉しかった。

沢山の方が最後のお別れに来てくれた。 誰からも愛されていた。その記憶は間違っていなかった。

2018年5月20日。11時。 葬儀がはじまり、スタッフが父の書いた別れの言葉を読み上げた。 それまで冷静だと思っていた自分の胸の内は、実は表面張力ギリギリだったようで、涙があふれだして、必死で声をこらえた。

地元のお寺の住職が入場され、読経していただいた。

そこにトンボが一匹迷い込んできて、花輪や柩のまわりを飛びかった。

美しい光景だった。

しまいには、和尚のあたまにピタッととまり羽を休めた。

経を唱え終えた和尚は、戒名の説明をしたのち、「成美さんはもう天に召されて、盆を待たず早々にかえってこられたようです。」と迷い込んだトンボに祖父の魂を重ねみて言った。 そして、声を詰まらせながら、震わせながら、祖父との思い出を語ってくれた。

和尚の言葉のひとつひとつに熱があって心に響いた。

そのまま告別式に入り、孫を代表して弔辞を読ませてもらった。 泣くまいと気を張ってマイクの前に立ったが、後半にかけてまともに読むことは出来なかった。

祖父は、見舞いに行くたびに、オレ達の声に反応するかのように、呼吸を荒げ、瞬きを繰り返し、涙を流した。そのことを思いだして、そこから更に昔の記憶へと遡り沢山の愛をもらっていたことが鮮明によみがえって、感謝の気持ちが止めどなく湧いてきた。

出棺し、火葬場へは近しい親族だけで向かった。

収骨までの時間を、待合室で軽く食事をしながら、団らんした。 海外で暮らす従姉達も帰ってきて、ほぼ全員集合した家族の風景は、刻とともにいなくなったメンバーに代わり、それぞれのパートナーや新たな世代が、賑やかで、歴史はこうして巡るのだと愛おしさを感じた。

13年。長い年月だ。 病室のベッドに磔のように横になっていた祖父の心中は、歯がゆさに時化ていたのか、はたまた凪だったのか…オレなんかじゃ知る由もない。 わかるのは、どのみち壮絶であり、それでも祖父は最後の最後まで命を燃やしたということ。

安らかな眠りについたじいちゃん

本当におつかれさま

おやすみ

shinsuke



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