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Shinsuke

1998のバイオリン

更新日:2020年8月1日


「なぁー、もうねぇって。」

「ハァ、ハァ・・・なんか酸素うすくねー?」

「帰って飲もうや。」

「う~ん・・・オレが聞いた話やと、屋敷は門を潜ってから100m位下ったところにあるとかって…んで、たしか番犬としてドーベルマンが放し飼いに…」

-1998年、高校生活最後の夏。-

来年はそれぞれ違う進路を歩み、違う土地で違う仲間ができ、今と変わらず毎日が眩しいはずだ。 きっと。

これはどこかの街角で人知れず鳴った、永遠の冒険家、トム・ソーヤとイカれたブラザー達の荒々しい青春のメロディー。

「マジで?!」

「マジ!マジ!間違いねぇって!! あっそれロン。」

「げっ、裏のっとるやん。」

「なぁ、みんなで行こうぜ。なんかお宝あるかもよ。」

夕方。クラスメイトが部活に汗を流したり、塾の机にかじりついていたり、親の目盗んで恋人とイチャついてる頃。

ソーヤたちは、いつものように学校のすぐそばにある悪の巣窟『マキノ下宿』で麻雀をしていた。 煙草の臭いがつかないように廊下に制服を吊るし、ラジカセからはイエモンが流れている。

「それ、ほんとに解散しとると?」

「らしいよ。」

「あぶなくねーか?」

この日から遡ること3日前。 ソーヤは原チャリの風避けを取り外したくて、トム・ヨークを誘い、原チャリを買ったバイク屋に…ソーヤの故郷にツーリングを兼ねて出かけた。 その帰り。同じ道を引き返すのは面白くないとのことで、遠回りになるが山道を走ることにした。

山道は、梅雨の時期に側道に沿って延々と紫陽花が咲き誇ることから、あじさいロードと呼ばれていた。 その日は朝から天気がぐずついていて、あじさいロードに入ったぐらいから小雨が降りだし、次第に濃い霧がかかってきて1m先も見えない状況になった。

ソーヤとヨークは、スピードを最小限に落として走っていた。 気がつくと、お互いにガソリンが残り僅か。雨に濡れて身体は冷えるし、視界は最悪… 見渡す限り隴隴とした景色と、不気味なほどの静けさ。二人は不安に駆られた。 1時間・・いや2時間程走っただろうか、時間の感覚が狂った中、歩くのとさして変わらないスピードで、左手に岩壁、右は崖、代わり映えのしない景色が、靄の奥でゆっくり流れている。

と突如。 岩壁と岩壁に挟まれるように重厚な鉄製の巨大な門が現れた。 あまりにも異彩を放つ存在感。二人は燃料が尽きそうなのも忘れ、エンジンをかけっ放しで恐るおそる近寄っていった。

「・・何これ?」 「・・さぁ?何やろう・・・ん!?」

ソーヤは小学校1年生の頃、家族と親戚と一緒にこの道を通ったことがあるのを思い出した。 その時、黒塗りの車が何台も連なって門の中に入っていく光景に出くわしていた。 道幅が狭く、行列が入り終わるまで立ち往生せざるを得なく、一部始終を見ていると、門の周りにはスキンヘッドやパンチパーマの怖い顔のおじちゃん達が車の誘導や出迎えで大勢いて、入っていく車に深々と頭を下げていた。 子供ながらに胸騒ぎがして父親に 「ここなん?」 と聞くと 、

「ここはヤクザの親分の屋敷よ。」

「やくざ?」

「そう、怖い人達やけど、こっちが何もせんかったら大丈夫。」

「…やくざ。」

「ヤクザ。」 「え、何?」 「ここヤクザの屋敷や。」 「マジで!?」

ソーヤはおぼろげに色々と思いだした。 小学4年生くらいの時、新聞に○○組、組長逮捕。という記事が載ったとか載らないとかで、子供達の間で一時、話題になった。 噂では拳銃所持か麻薬所持で組長が逮捕されて組は解散した。とのことだった。

見てはいけないものを見てしまうのは、大体『悪ガキ』と相場が決まっている。 彼らには秘密めいた場所を嗅ぎつける能力があるからだ。 -富樫義博 著 レベルE Vol.1より-

「ポン!」

「なーおもしろそうやろ?行こうぜ!」

「もし解散しとらんで現役バリバリやったら、死ぬやんオレら。」

「おい、高3の夏休みやぞ!最後やん。花火ドカンと打ち上げよーや!!」

「ん~・・それチー。」

「なーっ!!」

「ツモ。メンタンピンドラ1、満貫なり・・・よし、マニアック部隊集合や!!」

‐ヒマラヤほどの消しゴムひとつ 楽しい事をたくさんしたい ミサイルほどのペンを片手に おもしろい事をたくさんしたい ‐

「おぉ、みんなお揃いやん。」

「おせぇってお前ら!」

歓楽街から少し外れた物静かな公園。 街灯の下に六人の姿が見える。

ソーヤとヨークとフォードの原チャリ組が最後だった。

「お前ら、ちゃんと武器とか持ってきたか?」 リーダー格のハンクスが目をキラキラさせている。

「オレ持ってきてねぇ。」

「もし、モノホンに出くわしたらどーすっと!」 「ヨークは?」

「カキーンとイッとく!?」 ヨークは握り締めた金属バットをスイングさせた。

「フォードは?」

フォードは鞄をゴソゴソ探って、ニヤリと笑い、両手を素早く抜き出し、オレらに突きつけた。 「蜂の巣にしてやるぜ。」

両手にエアガンが握られている。 まるで『タクシードライバー』のデ・ニーロさながらだ。

「・・・・。」

「・・ねぇ、ロープは?」 「車に積んである。」

「よっしゃ準備万端や!」

「行きますか!!」

物語は一度走りだしたら止まらない。 ここでマニアック部隊。もとい特攻野郎Mチームのメンバーを紹介。

トム・フォード・・・隊員一のお洒落っ子。北斗3兄弟の次男。 トム・ヤムクン・・・好戦種族。タイからの留学生。 トム・ハンクス・・・腕っ節が強く、情に厚い。別称ガッパイ。 トム・ウェイツ・・・男前。常にけだるさ満点のニヒル気取り。 トム・クルーズ・・・海の男。心優しく、気さくなヤツ。 トム・キャット・・・GLAYのジロー似。心肺機能に難あり? トム・モレロ・・・・般若面。美白マニア。 トム・ソーヤ・・・・永遠の冒険家。マニアック部隊のブレイン。 トム・ヨーク・・・・切り込み隊長。メガンテの使い手。

‐夜の扉を開けて行こう 支配者達はイビキをかいてる 何度でも夏の匂いを嗅ごう 危ない橋を渡って来たんだ ‐

クルーズは親のマーチを持ち出してきていた。そこにハンクス、ウェイツが乗り込んだ。 キャットはドラッグスターに跨り、後ろにヤムクンが飛び乗った。 モレロはXJRに、原チャリ組はそれぞれの愛車に。

「出発進行!!」 「ロックンローール!!!」

みんなのテンションは最高潮。 キャットがバックファイアで景気付けにマフラーから火を噴かせた。

叫ぶ者、何かを歌ってる者、蛇行運転してる者… 怖いものなしのクローズ達。 向かうところ敵無し。そんな気分だった。

・・・まだこの時は。。

30分ほど走り、あじさいロードの入口に到着。 ここでお互い乗り物を変えて再出発した。 ソーヤはキャットのドラッグスターの後ろに乗った。

真っ暗な曲がり道を登り始めた。みんな、徐々に興奮とは違う感覚が芽生えてきてたが、誰もそれを口には出さなかった。

途中、仮免中のモレロが車を運転し、曲がり角に突っ込んで崖から落ちそうになったり、笑いは絶えなかった。 まったくバカばっかりだ。

長い上り坂を終え、やっと下りに入り、目的地はもうすぐと迫った。 場所はソーヤとヨークしか知らない。

「なぁ、マジであるとか?」 他のメンバーが痺れをきらしはじめた。

その時、目の前に有刺鉄線が張り巡らされた一画が現れた。

「何これ?」

近づくと、鉄線の向こうは、なんてことはない崖だ。 恐らく誰かの私有地なのだろう。

そう、誰かの・・・。

ソーヤは唾を飲み、 「もうすぐや。行こうぜ!」 興奮と恐怖が、せめぎ合いパンクしそうになるのを堪え言った。

そこから15分。ようやく目的地にたどり着いた。

月明かりに浮かび上がる鉄格子の扉は一層不気味さを増していた。

「マジかよ・・」 流石にみんな声のボリュームを絞った。

持ってきた懐中電灯で照らし、よくよく見てみると、4m程度の鉄格子の上は剣山の様になっており、更にその上は鉄板で覆われていた。 鉄板には2箇所ほど覗き口がついていた。

トータル6m強の高さだ。 両脇は垂直な岩壁でとても登れそうにない。

決して侵入者を許さない要塞。その佇まいは揺るぎなかった。

「無理やん。帰ろうや。」 クルーズが呟く。

「いや、門の一番てっぺんになら、ロープが結べる。」 誰かが言った。

「やから、そこまで登れんやん!」 「どーすっとよ?!」

「思い出してみ。ここ来る途中・・・。」

「おい・・まさか」

「そう、有刺鉄線があったやん。あそこから崖を下っていって廻りこめるっちゃない?」

「マジかよ…」

「誰が行くと?」

「・・・そりゃ、やっぱジャンケンやろ。」

「・・・・・。」

ある人がテレビで冒険と探検の違いについて語っているのを観た事がある。 その人が言うには、

探検の本分は必ず生きて戻ってくること。 冒険は死をもいとわず突き進むこと。

‐夜の金網をくぐり抜け 今しか見る事の出来ないものや ハックルベリーに会いに行く 台無しにした昨日は帳消しだ ‐

「…でよ、トイレのドアを端から開けてく音が、だんだんと・・・」

カーステレオの照明が、車内に充満するタバコの煙を青く照らしている。

「キャット、じゃがりこ取って。」

「ついに、足音が自分のところで止まり・・・扉が開くと・・そこには・・・・」

「ウンコがーーーっ!! やろが。」

「先にオチ言うなよ!!」 少し恥ずかしそうにハンクスがソーヤの肩を突く。

「ウンコオチ何回目よ!しつけーし!!」

絶対に負けられないジャンケン。幸運にも勝利したソーヤと、ハンクス、クルーズ、キャットは車の中で、先発隊の危険すぎるミッションの結果を待っていた。 何本のタバコを吸ったか、何袋のお菓子を開けたか、そして何回目の「ウンコがーーーっ!!」を聞いたか、、慣れとは怖いもので、すっかり緊張感のないソーヤ達。

1時間が軽く過ぎた頃。

「アイツら、遅くねぇ?」

「捕まっとったりして。。」

「・・・まさかーっ」

「ギャーハッハッハー」

ドーーーーン!!!

「ハ・・?」

門の前に止めていた車、すれすれに直径40cm程度の岩が降ってきた。 車内は一瞬で静まりかえり、スピーカーから流れる宇多田ヒカルの『Automatic』がクリアーに響きわたり、窓ガラスを震わせた。

体が冷たくなっていく。

「・・何だよ、これ?」 小声で誰かが呟く。

「落石や、落石や!!」 テンパったクルーズが連呼している。

更に、

ドーーーーン!!! ドーーーーン!!!

と続けて岩が降ってきた。

「見つかったっちゃねぇ?」

「それやったら、こんなんせんで、捕まえにくるやろ!?」

ソーヤは意を決して、外に出て、 「オマエらやろ!? 出てこいって!!」

返事がない。

車内に戻り、 「絶対アイツらって! 車出したら出てくるはず。」

運転席に座るクルーズは、まだブツブツ呟いてる。 「おい、クルーズ、落石はいいから車出せって!!」

相手の出方を伺うように、ゆっくり車を走らせ始めると、高さ6mの門の天辺に、背後からの月明かりでシルエットになった、フォード、ヤムクン、ウェイツ、モレロ、ヨークの5人が現れた。

車を止め、 「ビビるって、オマエら!!」

と言うと、

「こっちの台詞って!!!」

・・・相当な道程だったことは、5人の目が充分すぎる程に語っていた。

脇にイヤな汗をびっちょり掻いた待機組はトランクからロープを出して、門の上の先発隊に投げ渡した。 そして門の一部に括りつけたロープを、G.I.ジョーさながらによじ登り、とうとう敷地内に侵入した。

中は、想像とは違っていた。

門の先には、何かしらの建物が建っているのかと思いきや、粘土質の土が均してあるだけで、そこにはショベルカーやブルトーザー等の重機が並んでいた。

ソーヤたちは拍子抜けし、

「何だよ、やっぱ解散しとるんや。」

「お宝どころか、家もねーやん!」 ヤムクンがショベルカーにまたがり、デタラメにレバーを動かしてる。

「ねー、なんか酸素うすくねー?」 とキャット。

残念なようなホッとしたような気持ちで敷地を歩いていると、重機の陰に小さな緑色の点々を見つけた。 よく見てみると、そこは畑のようで、何かしらの新芽が芽吹いている。

胸の奥がザワつく。。

「ねー、ねー、なんか酸素・・」

「おーい、こっちに道があるぞー!」 モレロの呼びかけに、みんなが集まる。

下り坂・・ソーヤの脳裏に遠い記憶が、かすかによぎった。

「なぁー、もうねぇって。」

「ハァ、ハァ・・・なんか酸素うすくねー?」

「帰って飲もうや。」

「う~ん・・・オレが聞いた話やと、屋敷は門を潜ってから100m位下ったところにあるとかって…んで、たしか番犬としてドーベルマンが放し飼いに…」

次の瞬間。

坂道の下、漆黒の闇から、犬の鳴き声が!!

獰猛さを孕んだ声は、一斉に響いた。…明らかに群れをなしている。

ソーヤたちは互いに顔を見渡し、、そして走った。

その間、実にコンマ何秒のことだった。

先頭をいくのは、ハンクス。 半端じゃなく速い。 この時のみんなのタイムを計測できてたら、間違いなく全員がパーソナルベストだろう。

しかし、1人、敷地に入ってからずっと訳のわからんことを言っていた男、キャット。

「ハァ、ハァ、・・・なん、なんか・・酸素・・酸…」

ズッテーン! すごい勢いでこけた。

「バカ、はやく起きろ!!」

着順にロープを滑り降りる。 縄を編みこんで出来ているロープをレスキュー隊員みたいに、勢いよく滑る。。

「イってーっ!!!」

まさに緊急事態発生。

「おい、ロープはよ!?」

「ほっとけって!!」

ズル剥けの手の平の痛みも、麻痺する程の興奮状態で一目散に逃げた。

‐揺篭から墓場まで 馬鹿野郎がついて回る 1998のバイオリンが響く 道なき道をぶっ飛ばす ‐

高校最後の夏休みが明け、ソーヤたちは相変わらず『マキノ下宿』で麻雀三昧。

「やっぱ、あれは、解散してねぇーやろ!」

「んー、現役っぽいよな。」

「お、きたきた、間チャン ズッポシ!!」

「もう一回リベンジやろ!」

「備えがいるな。・・あ、それロン!!」

「やっぱ、まずは・・・ユニフォームでしょ!!」

バカな発想だ。 しかし、その場は満場一致。 他校に通うヤムクン、キャットも異存なし。

まったく揃いも揃って、バカである。

その日から、ソーヤたちは軍資金集めに躍起になった。 全クラスを巻き込み、日本シリーズのトトカルチョを設けたり、ハメ麻雀を行ったり、、、。

その時、つい友達をハメ麻雀のカモにしてしまい、後日、良心の呵責に耐えられずに白状すると、 「速攻で緑一色とか、おかしいと思ったって!」 と笑っていたが、寂しそうな目をしていたのが忘れられない。 そいつは今、警察官となり世の中の不正を取り締まっている。  

ある日の放課後、いつもの様に卓を囲んでいると、ハンクスの携帯に着信があった。 「あ、マッキャンや。」 電話に出ると、

「うん、うん、エッ! うそォー!?」

「ちょっと変わるわ。」 とソーヤは携帯を渡された。

マッキャンとは、元クラスメイトで、2年生の時に高校生活をドロップした仲間である。

「もしもーし、アソコ行くのやめときね。」 「オレ今、あんた達が、行った屋敷が現場って! マジもんウヨウヨって!!」

「・・・。」

大冒険の幕引きは、あっけなかった。

その後、ソーヤたちは卒業までギリギリいっぱい、バカをやった。

一生懸命集めた、軍資金は9000円ちょっとだった。 その金はソーヤが預かっていたが、みんなより早く地元を離れる事になった為、 「みんなで楽しく飲んで。」 と、ハンクスに渡した。

3年後、東京のフォードのアパートで、関東圏に出てるメンバーで集まり、飲んでたとき。 「こいつがあの金、持ち逃げした。」 とハンクスが言い出し、言い合いになった。

まぁ。酒の席のつまみ程度のことだ。

‐誰かに金を貸してた気がする そんなことはもうどうでもいいのだ 思い出は熱いトタン屋根の上 アイスクリームみたいに溶けてった ‐

沢山の初期衝動を体験した高校時代。 その3年間を共に駆け抜けた仲間たち。

そいつらと共有する思い出。

今尚色あせる事なく、どれもこれも素晴らしく眩しい。

今では会うことはおろか、連絡を取り合うことも少なくなった。。 何処で何してるのか、わからないヤツが大半だ。

わかってる、、、 お互い様だ。 しょうがない。

全力で少年だったみんな。 時は経ち、30代半ば。

それぞれが、あの頃とは違う立場で、きっちりと責任を負って毎日を生きてるはずだ。

みんな、全力で大人をやってる。 そうだろ?

THE BLUE HEARTS 1000のバイオリン

shinsuke

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