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Shinsuke

星の原ブルース

更新日:2020年8月1日


専門学校に通っていたころ、新聞奨学生をやっていた。 といっても半年足らずだが、その短い間になかなか濃い経験を積んだ。

ある時、月の途中から新規契約で配り始めたドアホンのないボロボロのアパートに集金にいくと、4,5回不在つづきの末ようやくドアが開き、顔をだした東南アジア系の女性に凄い剣幕で「シンブンイラナイイッテル!!」と怒鳴られた。小刻みに震える手には包丁が握られていた。

恐怖や怒りで血走った目がキョロキョロと定まってなかった。

営業所に帰り、所長と営業の人に、ことを伝えると「あ、そ。いいよ、そのまま配り続けて。」・・・。 後日、例のアパートの隣にたつマンションの4階あたりで集金していると、下から罵声が聞こえてきて、のぞき込むと、東南アジア系の女性の部屋の前に、上下白のスーチングで決めたオールバックとジャージーズ・パンチパーマーというコテコテのヤクザが「開けろコラァ!!」わめき散らしながら、ドアを蹴りまくってた。

配属された営業所の所長は本社でも名の知れた要注意人物だった。

入った当初、奨学生の先輩が3人いたが、オレの引継ぎ指導を任されていた先輩は任期を待たず所長と喧嘩して辞めていった。オレが敷居をまたいで2日目のことだ。おかげで地図を見ながら1人で順路を覚えた。一週間後「もう、我慢できない!」ともう1人辞めていった。所長は穴埋めに定年退職したオジさんを雇った。一ヶ月後、最後の先輩も「悪いけど・・・」と言い残しいなくなった。しばらくして、本社からの指示で他の営業所からベテラン奨学生が送り込まれたが三日で辞めていった。「あいつはクソだよ!」とわめき散らしながら去っていったが、オレに言わせりゃそいつも大概クソだった。 おかげで、わずか一ヶ月で右の左もわからないまま、50代60代のバイトのオジさん達を束ねる長となった。

住まいは、営業所の2階にある土壁がボロボロと落ちてくる4.5帖の部屋。 四ヶ月が経ったころに、ずっと空いていたもう1部屋に60代のオジさんが入ってきた。 そもそもは奨学生用の部屋のはずで、まさか知らないとオジさんとひとつ屋根の下で暮らすことになるとは思っていなかった。

奨学生は食事と風呂を3軒となりの所長宅にもらいにいくことになっていた。オレはそれが凄くイヤだった。

お隣さんとなったオジさんは、カセットコンロで湯を沸かし素麺をゆがき、そればっかり食べていた。

時々、引き戸をノックして、戸越に、「柳田くん、素麺ゆがき過ぎたから食べん?」と誘ってくれた。 お呼ばれされて入るオジさんの部屋は、せんべい布団とラジオがある程度のがらんどうで、でもその余白を悲壮感が埋めていて、なんだか自分の部屋よりも狭く感じた。

ある夜。部屋でくつろいでいると、明らかに靴のまま階段をあがる音がドカドカと響き、ガラの悪い声で、隣のオジさんの名前を呼びながら、オレの部屋の引き戸が開けられた。 そのスジ風情の男が2人、顔をつっこみ「おぅ、○○はどこや?」と聞かれ、「…となりっす。」脈打つ自分の鼓動で声が遠く聞こえた。 「おぅ、そうか。悪かったな兄ちゃん。」下品な笑みをつくり出ていき、オジさんの部屋に入ると10分くらいずっと、「はよー金返さんかいコラー!!」みたいな怒号と「かならず返しますけん、もう少し待ってください。お願いします!」と懇願するオジさんのやり取りが続いた。 去り際、男はもう一度オレの部屋を開けて「騒がしくして悪かったな。」「あんなオッさんみたいになるなよ。」とやっぱり下品な笑みをつくり、ドカドカと下りていった。

20分後、オジさんが引き戸をノックして「柳田くん、素麺食べん?」と声をかけてきた。 2拍くらいおいて「…じゃあ、いただきます。」とオジさんの部屋に行こうと引き戸を開けたら、「ちょっと、部屋が散らかっとるから柳田くんのとこで食べん?」と言われ、招き入れた。 「ビックリしたろ?ゴメンね。」「…いえ。」

たっぷりと盛られた素麺を2人で黙々と食べた。やたらと素麺がしょっぱかったのを憶えている。

借金の取立ては、ちょくちょく来ては新喜劇ばりの…ある意味予定調和のやり取りがあった。

気づくと学校をサボる日が続いていた。 追い求める夢の為、自ら飛び込んだ世界なのに・・・

仕事場も学校もリアリティがなかった。

唯一、研修の時に仲良くなり近くに配属された友人達と過ごす時間が心の拠り所だった。 同じ境遇に身を置く者同士、不安や不満を分かち合えた。 オレ達は毎夜、自分達の身の上をあえて面白おかしく話しては笑い飛ばした。『星の原ブルース』などと歌にした。辿り着くであろう輝かしい未来を大いに語り合った。時にテンションがあがり過ぎて所構わず大声で叫び、飛び跳ねた。

朝が来るのが嫌だった。

福岡一のモンスター団地、星の原団地内の公園。そのベンチ。 時計は0時をまわり、オレ達の口数は少なく、名残惜しさが街灯に滲んでいた。

誰からともなく「行くか・・」と適当な大きさの石を拾う。「オシ、来いや!」横一列に座ってるオレ達は目を閉じてカブの鍵を握り締める。石が手に取ったヤツのタイミングで宙を舞う。

タンッ

オレ達は一斉にカブに駆け寄りエンジンをかけ、アクセル全快で走り出す。 四つ目の十字路をゴールと決めた、たかだか200メートル弱のレース。 夜風がヘルメットを押し付け首が絞まる。「ひゃほーーーッ」「うぉー、負けねぇぞ!」「ロックンロール!!」

皆笑ってた。

ゴールを過ぎてもアクセルはそのままで「また今日な!バイバイ」

一ヶ月後。 小雨がちらつく中、朝刊を配っている最中にオレは車にはねられた。 相手は九大生で、パニくりながら親に何て説明するかを心配していた。 そいつの携帯を借りて警察を呼ぶと、警察はオレを見て「どうせ夜更かししてたんだろ。」と心無い言葉を吐いた。 オレは全身を打ちつけ左膝をパックリ切っていて石垣にもたれかかっていた。そこに所長がやってきて、発した第一声は信じられないものだった。「あぁ新聞が・・・」飛び散って雨に濡れる新聞の心配をしたのだ。

オレは、辞めることを決意した。

両親がやって来て、新聞社のお偉いさんと話合いがあった。借りた奨学金は途中で辞めた場合、全額返さなければいけなかった。オレは悔しさで泣いた。人目をはばからず声に出して泣いた。

友人達は送別会をしてくれた。オレはどこか2人にも申し訳なさを感じていたが、2人はオレの門出を祝ってくれた。 酒が入り次第に開放されたことを実感し、はしゃいでいたら、深夜3時ごろ2人が立ちあがり「じゃ行ってくるわ。」と新聞を配りに行った。 オレは部屋に1人座っていた。遠退いていくカブのエンジン音がいつまでも耳の奥で鳴っていた。

最近、週に何度か朝の3時半に起きる。 その都度。あの日、鳴っていたエンジン音が近づいてきて玄関傍のガラス窓が赤く照らされる。

暁のなかを行く道中。『星の原ブルース』ってどんなだっけ?記憶を手繰り寄せようとするが、まったく思い出せない。

とりあえず適当なメロディーで適当な歌詞を口ずさみ、そして笑う。

今日の天気が雨だろうと曇りだろうと、笑う。

いま、この瞬間。ブルースが響いている。

shinsuke

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