泳ぐのが好きなコドモだった。
正しくは川遊びが好きだった。 夏休みになれば、日に3~5回は川へ行った。もちろん毎日。
急流に身を任せたり、逆に果てるまで抗ったり。 5メートルほどの高さから滝壺に飛び込んだり、水中メガネが軋むほど潜ったり。
友達と連れ立っていけば当然楽しいが、それ以上に一人でいくのが気に入ってた。 独りぼっちというより、川とボク。仲良く水入らずという感覚だった。ややこしい言い回しだがそんなかんじだった。
一人のときも、、(むしろ余計に)無茶をしでかし、危険な瞬間が幾度もあった。
ときに、間近を蛇が泳いで横ぎり、急に不穏な気配を感じたり・・・ 大声で鳴いてたかと思うと、ぴたっと止む…ヒグラシ。静寂が不安を掻きたて、景色が1トーン暗くなることもあった。
そんなときは、息を大きく吸い込んで、仰向けに水中へと潜った。
手足は浮くまいと懸命にバタついて不格好に忙しない。それとは逆に、頭の中は静かに心は穏やかになる。 木々の隙間から射す陽の光りがキラキラと揺らめく、時の概念が薄れる世界。
次第に息が苦しくなって、口からぽつぽつと空気が漏れると、その一つ一つが小惑星となって昇っていった。
あまりにも美しく、あまりにも優しくて、泣きそうになる光景。
息切れて、浮かび上がると、不思議と恐怖心は無くなっていた。
小4の夏。 夕方。その日何度目かの川遊びに行った。 ばあちゃんが「もう5時すぎたから水が冷たいしやめとけ」と止めるのをすり抜け、一人で行った。
いつものように仰向けに潜っていたら、大きな黒い影が束になって体の上を通りすぎた。 驚いて、大きな泡を吐いて、水をしこたま飲んだ。
息が整う間もなく、影を追った。すると影の正体は鯉だった。 1匹が50センチを優に超える鯉の群れ。
興奮して、延々追いかけた。 捕まえたい訳じゃなく、ただ一緒に泳ぎたかった。
その意図を酌んでか、鯉の群れは逃げなかった。
次第に慣れてきて、速度を合わせて泳ぎ、背中に触れることができた。
とても不思議な体験だった。
夕飯時に、家族に話すと、じいちゃんが、「この辺の川は、むかし誰々が1匹残らず大物を釣り上げて、それ以来大きい鯉は見かけんかったが…」と言った。
翌日、そのいきさつを前置きに、鯉のことを近所の友達に自慢気に話した。 するとその日から、さっそく釣り竿をもって皆が集まった。
案の定、入れ食いで釣れた。 面白いように釣れるし、何より引きが大きくて、釣りがいがあったので、連日、誰かしらが釣った。
もちろんボクも釣った。
翌年の夏。嘘みたいに鯉はいなくなった。
どこかに、生き延びたやつが隠れてるんじゃないかと、潜って探したが見つからなかった。
ボクは川底に背中をつけて、ぽつぽつと産まれる泡粒の行方を見てた。 ヒグラシの鳴き声も5時を知らせるサイレンも全部遮り、、1人で息の続く限り、小惑星を吐き、そして見送った。
shinsuke